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NOCTURNAL

日々肝試し

今週も特に状況に変わりなし。仕事のことで少し詰問されたけど目も合わさず、当てつけのように他の人に書類を現場まで持って来させたりしていた。あとは後輩との会話にちくちくと嫌味を織り込まれるなど。その人が今後の仕事の人繰りを始めたので自分の勤務予定を見てみたら、ふたりきりになる仕事が消えていた!オフィシャルにそのチームからクビである。私のことを大切にしない人を私が大切にする義理はないし、取りたててやりたい仕事でもないので、気まずい思いをせずに済むことがわかってほっとした。もう二度と関わりたくない。
繁忙期の良くないところは人の嫌な部分が外に出やすくなって目につきやすくなるところだと思う。もちろん自分も含めて。今年はとにかく人の悪口。誰それはやばい、誰それの仕事は微妙、前にチームにいた人のあだ名、もうそんなのどうでもいいよ。どんどん人が嫌いになる。
仕事のやる気は一昨年の6月の休暇以降自分でも目に見えて落ちた。働かなくてよくて、お金は安心できるくらいにはあって、という有休の状況に脳内麻薬が出まくって戻れなくなったのかも?それか、試験・就職後の燃え尽き症候群かもしれないし、自分の能力が単にここまでなのかもしれないし、伸び悩みなのかもしれない。ただ、私はもうハードモードを選ぶことはしない。

仕事自体の進捗はそんなに悪くないと思うけど、苦手に思っている人が女子中学生みたいな感じなのでうんざりした(もちろん実際はいい年の大人)。めでたく嫌いな人にランクアップです。この1週間私とは口もきかず、どうやらいないものとして扱うことにしたらしい。私に直接聞けばすむことも人づたいだったり。私4月に2週間同じチームなんですけど?態度があまりにもあからさまなので、周りがいくら鈍感とはいえそのうち気がつくだろうな。その人のことを苦手だなと思ったきっかけは、内輪ネタ、人を陰でバカにして笑う、自分の機嫌で雰囲気を悪くするのが目に付いたから。私もどこかで何か言われてるんだろうなーと思ってしまってから警戒はしてた。仕事はできる人だから何も言われないんだろう。嫌いな相手を毎日毎日そこにいるのに無視し続けるってすごくエネルギー使うと思うんだけど、自分は大人の対応をするしかないよなと反面教師にする。仕事が原因だろうけど、そんなに気に食わないなら叱ってもらった方が良かった。言われないと何が気に障ったのかなんてわからないし、無視とか口きかないとかに関しては女子校に6年いた人間のメンタルを舐めないでもらいたいところではある。

メインのクライアントの仕事が始まったので、がっつり残業の週。来週からだと思ってた苦手な人が五月雨式に現場にやってきて、あーあ、という感じだった。とにかく苦手な人からは物理的に離れるのが最も有効な策だけど、意見日まではそうはいかないし。あとは現場で私物のマグカップを洗って拭こうとしたら滑って落として割った。落としたというか飛んでった…。一昨年NYで買ったスモーガスバーグのマグ。気に入ってたから悲しい。今度実家に帰ったときにひとつ自分のマグ回収してこよう。

今週の良かったことは、火曜に家に帰ってポストを開けたらアメリカからクッション封筒が届いてたこと!ホストシスター(姉)からで、勤務先に関係する本、しかも日本語のを送ってくれた。まさかの東京書籍刊。教科書作ってる会社と思ってたけど、デザイン系の本もあったのか。いつか会いにきて!と書いてあったんだけど、できれば今年中に行きたい。ホストペアレンツはもう60代半ばくらいだと思うから、元気なうちに会いたい。

日曜の夜は学生のときにお世話になった方の結婚祝いの飲み会へ。お相手の仕事の都合で自分の仕事は辞めるそう。あとは一時好きだった同期が海外赴任が決まりそうで、それに合わせて結婚すると聞いた。やっぱり私は結婚は向いてないなと思う。人の話を聞く分にはおめでたいことだし、末長くお幸せにと思うけど、同じことを私ができるか、したいかと言われたらNOなんだ。いつかこのもんやり感はなくなるのかはわからないけど、したくないことはしなくてもいいという確信は持ってるから、私は私で淡々とやってくよ。

 

信じる、信じない、

未体験ゾーンの映画たち2017で毎年恒例の「特捜部Q Pからのメッセージ」を観てきた。

海辺で助けを求めるボトルレターが見つかって特捜部Qが内容を調べ始めると、新興宗教の熱心な信者の家から子どもが誘拐されていたことがわかる。そんなときまた新たな誘拐事件が起きる…というのが話のさわり。


『特捜部Q Pからのメッセージ』予告編

予告編でもわかると思うけど、特捜部Qは美男美女があんまり出てこない、人間味系の俳優が出演していると思ってる。でも今作では犯人役がもろに美男で大変気持ち悪い(良い意味で)。映画で扱われる家族と信仰、カールにはどっちもないように見える。実際犯人にも「(神を信じるのをやめさせるなんて)時間の無駄だ。何も信じていないから」と言うんだけど、「お前はこの日を忘れない。目の前で何もできず助けられなかった日を。」(宗教の祝日を狙うのは信仰を捨てた日を忘れさせないためと思う。だから過去の被害者家族は元の宗教コミュニティに留まっていない。)って言われたときの表情を見ると、この人は苦しんでる人を助けたいという自分の心に帰依してるんだと思った。目の前で何もできなかったことなんてカールは「檻の中の女」以前にとっくに経験しているし。最後にカールが泣くのは、年端も行かない何人もの子どもが、自分が大人になってから経験しても手が震えるくらい辛かった「目の前で何もできなかった」経験を理不尽にさせられていたことに思いを至してのことだと思ってる。だからアサドに子どもは無知でいいって言ったんだと。

アサドの「何を信じたっていいんです」の言葉や、お前は家に入れないと言ってきた子どもの父親をアサドが看取ったことで、映画のメッセージは分かりやすく伝わったと思う。

高3のときに急にクラスメートが家で信仰している宗教の布教活動をクラスで始めて、受験期が近いこともあって問題になったことを思い出した。何を信じても、信じなくても自由だ。信じないと悪いことが起こるとか、そういうのじゃない、自分より大きな何かが恐らくはあるような気がすること、その感覚を信頼することが信仰なのではないのかなーと今は思ってる。

残念だったのは子どもの母親と犯人のガールフレンドがあんまり活躍しなかったこと。ガールフレンドはめちゃくちゃ骨のある女性で、小説では母親とふたりで子どもを取り返すために獅子奮迅の働きをするんだけど、尺不足か。

犯人が子どもにハサミを持たせるシーンは小説を読んでる人は心臓が破裂しそうだったんでは。私はもう叫び出しそうだった…。しばらくハサミを見るとどきどきしてしまいそう。

檻の中の女では自分のあずかり知らぬところで抱かれる恨みの恐ろしさ、キジ殺しでは特権階級と犯罪、今作は家族と信仰がテーマになってると思ってるんだけど、どんどんテーマがヘビーになっていくので観る側としても心構えが必要。ちなみに次回作も小説はだいぶしんどい史実を扱った話だったので、鉄の心で観なければ。
サスペンスとしても社会派の映画としても特捜部Qは出色だと思う。来年の「カルテ番号64」も楽しみ。

平穏無事な週だった。またイレギュラーの仕事が5月あたりに割り込んでくるというバッドニュースで自分の休暇と旅行は死守しようと心に誓うなど。明日は来週からの仕事のほうに出勤の予定。来週の土曜は夕方から映画に行きたいので今週がんばる。

底張りが終わった靴をおろしたら、案の定痛かった。新しい靴はしょうがない。2回履いてすこし革が伸びたからしばらくすれば足にフィットすることを期待。履き口のラインがきれいだし、履いていてテンションの上がる靴だなーと思う(まだ痛いけど)。その後にZARAの靴を見るともっさりしてるなーと思う(履くとそれなりに楽だけど)。高い靴が将来の自分の足を守るかどうかはわからないけど、やっぱり物としてきれい。もうヒールはあまり履かないと思ってるからこそちゃんとした靴を履きたい!!と物欲がうなぎのぼり、結局節約の決意にも関わらず足の甲が寒いという理由でショートブーツを買った。これで冬物は打ち止めにしたい。着るものはクローゼットを整理したら思いのほか捨てるものが出た。今の仕事に就いたころに買った服や、院生の頃に着ていたパーカーやストールまで出てきた。引越したらWICになるけど、服をため込まないように気をつけないといけない。丈詰めに出したパンツも仕上がったので来週履くのが楽しみ。